ナラティヴ・アプローチとは、オーストラリアのマイケル・ホワイト、ニュージーランドのデヴィット・エプストンが家族療法の分野で行なっていたナラティヴ・セラピーの活動を契機に広がっていったものです。
我々の発する言葉が社会の現実を作っていくとする社会構成主義的な考え方がベースにあるため、セラピーの文脈だけでなく、チームや組織における対話のあり方にも応用が可能性があります。
人生は物語で出来ている
ナラティヴ・アプローチでは、行動をナラティヴ(語り)のパフォーマンスとして捉え、人は人間関係において意味付けされた役割やキャラクターのストーリーを語ることを通して自分の生活を理解していると考えています。
人は、これまでの人間関係の中で、自分が作り上げた自分に関する物語のストーリーラインに沿って行動しています。実は自分がどのようなストーリーラインの影響を受けているかを改めて見つめてみることで、新たなストーリーラインを生きる可能性が見いだすことができるのです。
人が問題なのではない、問題が問題なのだ。
我々は、何か問題があるときに、その原因を誰か特定の人の責任、さらに、その結果を引き起こしたのは、その人のその言動や資質に原因があるとする考え方をしがちではないでしょうか?
こうした考え方をすると、人をその問題のストーリーの中に閉じ込めてしまうことになります。問題を個人の特性に帰属させないで、問題自身を取り出して考えることで問題から自由になることができます。
ある問題が起きると、その責任がその人、または、誰かにあるとするだけで、問題自身を語ることをしなくなってしまうことはでしょうか?また、人間関係上の問題をある特定の人の性格に問題があるとした時点で、修復不可能な関係にしてしまうことはないでしょうか?
人があるストーリーラインに沿ってその立ち位置で生きていると考えるならば、そのストーリーラインに沿わなければ、その人の別の側面が出てくるかもしれません。
外在化
ナラティヴ・アプローチでは、問題ストーリーから離れて、対抗する語りを展開させるために、人自身を問題視する視点から離れて問題や対立を第三の存在として扱う語り方、外在化する会話という手法を使います。
セラピーでは、悩みやトラブルを話してもらって、それにしっくりくる名前をつけて語っていくことで問題を人から引き離して行きます。調停では対立を一つの存在として扱うようにどんどん外在化の会話で語り合うことで、誰かを非難したり、否定的な言葉の応酬をすることがなくなり、対立ではなく、争っていた者同士が、共に問題に対峙する形を取ることができるようになります。
脱構築のためのダブルリスニング
問題や対立の裏にどんな意味付けが隠れているのかが探れると、自分たちに影響を与えている行動規範や組織の不文律、風土などが自分たちの振る舞いに影響を与えていることに気づくのです。
そして、そうではないストーリーラインの意味付けを膨らませていくことで、問題の染み付いたストーリラインでの自己定義から、別のストーリーラインでの自分定義を見出していくのです。
人の語りの中には、常に複数のストーリーラインが存在します。痛みや対立のストーリーラインの背後には、希望のストーリーラインもあるのです。それを見過ごさないよう丁寧に掘り起こして、どちらを選ぶか、または、全く別の何かをみつけていくのに寄り添います。